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2007年10月21日 (日)

永き眠りの後に#23-24

デッサン23

物音に気がついて目が覚めた。まだ夜明けまでは時間がありそうだ。辺りは暗い。隣の部屋からかすかに両親の話し声が聞こえる。言い争いをしているようだ。布団から起き出した少女は、肌寒さに震えながら声の方に耳を近づけた。

あの穏やかな父が、別人のように母をなじっている。母もいつもの明朗な母ではなかった。激しく言い返している。少女は最初、これは夢なのだと思った。しかしそれは現実だった。寒さと目の前の出来事にふるえている自分があり、間違いなくここは自分の家だった。少女には話の内容は分からなかった。従って、何が原因で両親が争っているのかも分からなかった。一つだけ分かった言葉はうらぎり、互いがそう言い合っていた。すぐドアーを開けて出ていこうかと思ったが、子どもながらもその結果がどうなるか不安だった。少女は、それまで裕福ではなかったが、慎ましい家庭で両親に囲まれて何不自由ない毎日を送ってきた。父は寡黙だったが少女には優しかった。休日にはよく親子三人で野山や遊園地に出かけた。母は、快活な女性で愛情深く、何も不足はなかった。それまで少女は、両親が言い争っているところを見たことはなかったので、今目の前で起こっていることをどう理解して良いのか分からなかった。しかし、これは間違いなく現実なのだと思った。次の瞬間、母がカミソリのような刃物を握りしめていた。父がそれを制止した。長い膠着状態の後、もみ合いながらねじ伏せられた母の首に刃物が一文字に走ったかと思った次の瞬間、おびただしい鮮血が飛び散り、辺りは血の海と化した。父が、母の喉を切ったのだ。母は苦しそうに身をよじらせもがいていたが、そのうちに動かなくなった。父は呆然として無表情に母を眺めていたが、やがて我に返り、辺りを見回しながら周りの後始末にかかった。父は泣いているようで、かなり動揺しているようだがそれでも機敏に動いていた。まるでこのような事態をかって何度も経験していたかのごとく、手際よく母の遺体をシーツで覆いはじめた。いつもは楽しい団らんの場であったその部屋は赤く染まり、まだ母の流した鮮血が辺りに飛び散っている中、父はシーツにくるまれた母を見下ろしている。少女は凍り付いたように直立して、ただ事態を見守るしかなかった。手も足も、何かに押しつけられているように動かなかった。声を出そうとしても喉は枯れてしまったかのように、ただはき出す息のかすれた音だけだった。その時、父は気配を感じ、少女の方を見た。その瞬間、全てが赤く染まり、少女の目は見てはいるが意識は何も受け付けず、耳は音を聞いてはいるが何も伝わりはしなかった。そして少女は肉体だけの、魂のないフェルト人形となった。一〇歳の少女はその瞬間から時間が止まったままだった。何が両親をこれほどの惨事に誘ったのか、10歳の少女に理解できるはずもなかったが、互いの秘密がそうさせるのではないかと思った。それもやがて深い闇に沈み、自分の周りはすべて暗闇と化し、自分自身が深い闇に落ちていくのを感じた。それは、どこまで落ちても底というものに到達しない、限りなく深い闇だった。そして闇を闇と感じる感覚も闇の中に消えていった。

緊急時の連絡先として登録した浜崎あゆみの携帯電話に連絡が入った。電話先の介護士は興奮気味に一気にまくし立てた。海田みどりさんの意識が戻りつつあります。すぐお越しください。知らせを聞いた浜崎あゆみは取るものもとりあえず、会社に連絡の後、電車に飛び乗った。海田みどりは、海田真一郎と朝子との間の娘で、十歳の時に突然意識を喪失、その海田みどりが意識を回復しだしたというのだ。何と話し始めるべきだろうか。自分をどう思うだろうか、と浜崎あゆみは不安に思った。

病室に入ると海田みどりは、いつものようにベッドに座っていた。相変わらず、焦点は真正面の壁だった。施設の介護の甲斐あって、毎日肢体が弱らないようにマッサージを受け、健康管理には気を配られているので、部外者が見れば普通の入院患者と見られるかもしれない。しかし、今まで意識がなかったのだ。

看護師が「あゆみさん」と呼びかけたが反応がない。

「おかしいですね、朝は私たちに目を向けて声を出したのですが・・・」。

「しばらく二人だけにしておいてくださいませんか」。

女性看護師はうなずいて病室を出て行った。

もし意識が回復したとして、海田みどりの心理的年齢は十歳のままなのだ。体は二十五歳の美しい女なのだが、精神的には子どもなのだ。身寄りもない彼女をどう「育て」ていくか、思案顔で見ていたら、海田みどりが浜崎あゆみを凝視していた。それに気づいてハッと我に返り、やさしくほほえんだ。相手もほほえんだような気がした。そしてその顔に一筋の涙が流れているのにも気がついた。浜崎あゆみはハンカチを取り拭こうとしたら、その手を誰かが握りしめた。驚いて手を引っ込めると、海田みどりの華奢な指先が、浜崎の手のひらを弱々しく握っていた。感動と驚きのあまり浜崎は声が出ず、ただ海田みどりの顔を見つめた。そして後彼女は、浜崎あゆみが驚愕するような話をしだした。

デッサン24

イ・ヒョングの一日は、朝5時起きから始まる。

その後、近くの広場で三〇分ゆっくりと太極拳をやる。ここ二〇年来、夏の盛りの暑い日もピョンヤンのしばれるような寒さの中にも欠かしたことがない。今日は近くの同年配の男女十数人が参加している。いい天気だ、きっと昼頃には暑くなるぞと思いながら無心に、緩やかに、体を動かしながら呼吸を整えていく。太極拳が終わるとうっすらと汗をかくが、爽快な気分だ。そして互いに挨拶を交わしながら帰宅するが、まだ朝飯の準備をするには間がある。そう、仕事で疲れて帰ってくる娘夫婦に代わって、食事の支度をするのもイ・ヒョングの仕事なのだ。きょうは、太極拳仲間のリョ・テクと少し話し込んだ。話し声は出来るだけ低く、互いに笑いながら話しているが、目は真剣だった。周りの人は、また孫の自慢話でもしているのだろうと思った。イ・ヒョングとリョ・テクの付き合いは、太極拳をはじめるはるか以前から、そう五十年以上になるか。イ・ヒョングは笑いながら、「便りが来た」と言った。その瞬間、リョ・テクの顔がこわばった。互いにうなずきながら、モヤのかかっている道を帰っていった。さあ、朝の食事の支度だ。孫たちも娘夫婦もまだ休んでいる。

イ・ヒョング家の朝は騒々しい。まず夫婦が起き出し、洗面をすませ仕事に出かける用意をする。次は、ふたりの孫たちが学校の準備に専念。鉛筆がちびれたので買ってくれとねだるが、母親はなかなか応じない。しかし、二人の孫たちには希望があるので、きょうは鉛筆には固執しなかった。学校から帰ると、チョコレートの小片とドロップを2個ずつ貰えるのだ。これが子どもたちの希望なのだ。イは孫たちに、友達にはこのことは言わないように注意した。その訳をこどもの疑問に答えるかのようにして、もし話したらみんなに分けてやらなければならないだろう。それでいいかな・・・、これで十分だった。孫たちは、大切なチョコレートとドロップの分け前が減ることは望んでいなかったので、ジイの言うことに素直に従った。そのあと一緒になって丸いテーブルを囲み、イ・ヒョングの作った質素な朝の食事をいただくのが慣わしだ。

ピョンヤンはまだ配給があるだけでも幸せだ。地方の都市では配給がとどこおって、餓死者が出ているという噂だ。イ・ヒョングとリョ・テクはめずらしく長話をした。

「東の同志が実行を促してきた。今度は協力者がいる。先日、その男と会った。彼は強力な武器を持ち込んだそうだ。それを使えば、たぶんピョンヤンは跡形もなくなるそうだ」

「核兵器か、かなりの大きさだろう、それをどうやって持ち込んだのだ」

「それは分からない。ただ彼の説明によると、カンビールのサイズだそうだ。我らには縁がないので分からないだろうが、直径が12センチ長さが18センチだそうだ」

「それでどうするんだ」

「まだ分からない。その男も司令を待っている。今回は共同で仕事をすることになる」

「相手方はどちらさんで」

「たぶんアメリカだな」

「日本とアメリカが手を結んだ訳か。しかし、それは我々との約束違反ではないか」

「確かに。しかしこれには深い理由があるらしい。その男も全体の理由を知らない。双方の情報をつなぎ合わせるしかないだろう」

「危険すぎはしないか」

「やってみる価値はある。しかしこれは約束外の仕事なので、参加するかどうかはあんたの判断に任す。自由に決めてくれ」

「我らが将軍様を、確実にお休みいただくことが出来るのだろうか」

「わたしはそう信じている」

「わかった、協力しよう。その前に、その男に会わせてくれ」

「いいだろう。明日の午後いつものところに来てくれ」

帰って行くリョ・テクの後ろ姿を見ながら、わしらも歳をとったものだとイ・ヒョングは思った。リョ・テクの歩き方は正に老人のそれで、傍目にも危うさが伺われた。きっとこの俺も、他人が見たらそうだろう。体力も落ちた。この機会を逃したら、我々にはパク・ジョンイル暗殺計画は永遠に不可能になるだろう。何としても、この機会にあの男と事を起こしたい。

イ・ヒョングの五〇年余は、自国朝鮮人民共和国に幻滅を感じ続けた日々だった。朝鮮半島では一九四五年、太平洋戦争での日本無条件降伏後、ソ連と中国に後押しされた「朝鮮臨時人民委員会」を結成した朴日成と、アメリカに後押しされた「南朝鮮過度政府」を樹立した梨承晩との代理戦争が勃発した。初期のころは、国連を中心とした論争や小競り合いが主だったが一九五〇年北朝鮮軍約一〇万が三八度線を突破、それを迎え撃つ国連軍と言ってもアメリカ中心の軍隊が壮絶な戦いを繰り広げた。当初から共産軍有利で、一時はソウルも陥落し最後の砦落東江円まで追いつめられたが、連合軍は最高司令官ダグラス・マッカーサーの決死の反撃によりソウルを奪還。その勢いを借りて三八度線を越えて北へ進撃した。しかしこの時点で中国正規軍が参戦するに及んで、双方が膠着状態になり、三八度線を挟んで一進一退となった。結局38度線がその後の南北の境界線となった。実は、この時の戦闘でイ・ヒョングとリョ・テクは互いに敵同士として対面したのだった。リョ・テクは北、イ・ヒョングは南だった。一九五〇年の板門店を挟んだ激しい戦いにリョ・テクとイ・ヒョングは至近距離から歩兵銃で撃ち合った。リョ・テクが放った銃弾がイ・ヒョングの右足の太ももを貫きイ・ヒョングはこれが最後と覚悟した。歩兵銃を構えたリョ・テクが狙いを定めてイ・ヒョングに近づいてくる。互いが互いの顔を見合ってひとことも声を出さなかった。しばらく膠着状態が続いた後、何を思ったのかリョ・テクはイ・ヒョングの止血をして肩に担ぎ岩陰に隠れた。戦場で敵を助け匿えば銃殺刑になることはよく承知していてなぜリョ・テクは敵だったイ・ヒョングを助けたのか、あの頃を振り返ってリョ・テクは今も分からないという。とにかくリョ・テクとイ・ヒョングとはその頃からの同志なのだ。イ・ヒョングは北の捕虜となりその後この国に帰化した。この二人が会うごとに語り合うのが、

俺たちは一体何のために殺し合いまでして国のために戦ったんだ。こんな監獄のような国を造るためではなかったはずだ。社会主義国家がいいのか自由主義国家がいいのかそんな難しいことは俺たちには分からないが、国民が餓死したり理由もなく拉致され強制労働や粛正されるような国家こそ革命されるべきだ。そのための革命であったはずの共産党は北朝鮮でも一党独裁を続け、この党に疑問でも呈しようものなら、一族郎党強制収容所での重労働と思想教育が待っている。この国はどこか狂っている。党は上から下まで腐敗にまみれ何をするにも賄賂は欠かせない。この腐敗は末端の役人や工場管理者に至るまで蝕んでいる。この国はどうしようもないのだ。この国を改革するには、少なくとも今の領主を亡き者にしなくてはならない。これが長い間かけて培われたイ・ヒョングとリョ・テクの信念なのだ。朴日成時代にも機会をうかがったが目的は果たせなかった。その息子パク・ジョンイルには何としても果たしたい。トップひとりを葬り去ったら北朝鮮全体が変わるという程問題は簡単ではないことはふたりも理解しているが、この朝鮮戦争を理想の国を造るために戦ったふたりにとって、その結果としてこんな牢獄のような国を作った指導者を赦すわけにはいかないのだ。たといこの身が滅んでも。ただ、自分たちの力だけでは達成不可能だと思っていた矢先に、もうかなり前になるが、確か一九六六年四月だったか、ある筋から誘いがあった。不思議な伝で日本在所の朝鮮総連の幹部からおもしろい話を持ちかけられた。どうやって我々の考えを知ったのかは今も謎だが、その日本朝鮮総連幹部が具体的に協力を求めてきた。最初は罠だと思い話に乗らなかったが、確かな証拠を見せられた。その人物は、朝鮮総連の内部に放された日本側の工作員だった。この人物は定期的に北朝鮮国内にも行き来が出来る高位の立場で、表面上の訪朝理由の下に隠された目的は北朝鮮国内に情報網を作ることにあった。イ・ヒョングもリョ・テクも用心して2年間は取り合わなかったが、来朝のたびに接触してくるのでこちらからテストをすることにした。それはイ・ヒョングとリョ・テクが書いた朴日成を褒め称えることばを日本の新聞に載せること、という要求だった。何週間か後に日本朝鮮総連のある人物から小さな菓子類が届いたが、それを包んである新聞紙にイ・ヒョングとリョ・テクの文章が掲載されていた。それ以来関係は続いている。先方は40年に渡る関係の中、今までに一回だけ協力依頼があったがそれ以外何も要求してこない。ただ1年に1回小さな包みが送られてくるが、互いの無事を確認する程度の内容で中身は子どもの菓子類だった。

イ・ヒョングは朝鮮戦争が終わったその年の暮れに、共に戦った婦人戦闘員のリュ・シュンシと結婚した。結婚式には党の地区委員数名とリョ・テクが証人として参加した。質素な式ではあったが若い二人は幸せだった。その後リュ・ションシとの間に娘が生まれ今はその娘夫婦とその孫たちと暮らしている。おじいちゃんがこんな恐ろしいことを計画していようとは、孫たちも娘夫婦も考えもつかないことだろう。リョ・テクも同じような経路を通りいまは孫二人に囲まれているが、そう長くない残された時間に何とか将軍様に永眠してもらうことについてはイ・ヒョングに勝るとも劣らない願望があった。例えこの命と引き替えにしても。

次の日も快晴だった。老人が三人川縁に仲良く並んで話込んでいる。傍目には釣りの話か孫の話にふけっているように思うだろう。確かに孫の話はしたが、今日はそれが目的ではない。彼らは休眠して四十年以上ただひたすらに善良な北の人民になりすまして待っていた。彼らの一生の内にひょっとして何の指令もないかもしれない。しかし、指令が来て彼らが動くときには「東の国家」は極度の危機に陥っているはずだ。イ・ヒョングの長い休眠期間で「東の同志」から指令が来たのは一九八三年一〇月一度だけだった。それは、ミヤンマー(当時ビルマ)訪問中の韓国大統領全斗煥暗殺事件があった時だ。結局全斗煥大統領は難を逃れたが大統領夫人が犠牲になった。当時、北朝鮮は高齢の朴日成主席が領主だった。当時まだ序列外だったパク・ジョンイルは、それでも領主の息子として親の七光りでかなりの権限をもっていたが、無謀にも南朝鮮(韓国)大統領全斗煥の暗殺計画を取り巻きとともに実行したのだ。それがいわゆる「ラングーン事件」である。後で知った朴日成は激怒し、息子を唆した取り巻き連中をすべて処刑したと言われている。進退極まった朴日成は何としてもこの事件をもみ消すか他国になすりつけなければならなかった。このままでは、下手すると38度線から韓国軍とアメリカ軍が攻めてくるかもしれない。そうならなかったとしても彼の指導力に陰りが見えたとして、軍部から批判が出てそれが党にも波及すれば彼は苦しい立場に立たされる。朴日成にとって、これはアメリカ軍の侵攻よりも怖いことである。そうなれば息子のパク・ジョンイルを処罰したくらいでは治まらないかもしれない。そこで苦し紛れに朴日成はひとつの奇策を練った。当時日本と韓国の間は漁業問題や貿易問題で軋轢があり、きな臭い状況にあった。朴日成はそれを利用して、日本の工作員の仕業に見せかけるために偽装したのだ。実際、工作員をラングーンへ送り込み、これみよがしに日本の臭いをまき散らした。日本嫌いの韓国人たちの一部には、日本を疑う者も出始めたが、最後にはその線はきえてしまった。結果としては、韓国軍とアメリカ軍も北には侵攻してこなかったし、世界中に北朝鮮の危険性と野蛮さを宣伝するだけですんだ。しかし、当時濡れ衣を着せられかねない日本は焦った。韓国の中にはまともに受け取る者もいて早急な解決が必要だった。イ・ヒョングに指令が来たのはその時だった。イは、ピョンヤンに大使館を置いている自由主義国スエーデンの大使館員に内部文書を握らせた。彼は本国経由で世界中のマスコミに暴露し、北朝鮮の関与は決定的となり、日本も胸をなで下ろした。しかしこの件に対しては、北朝鮮は一切韓国に対して謝罪していない。なぜなら、謝罪即ち朴日成の敗北になることが分かっていたからだ。そして敗北は北朝鮮では死を意味していた。

一年に一回安否のために「東の同志」から連絡がくる。日本の北朝鮮関係者を通じて、小さな食料と共にその包み紙にメモがあり、そのお返しとして何気ない返礼の手紙を出す。それを毎年繰り返し、互いがつながっていることを確認するのだ。

「やっぱり舶来ものはうまいな」、と盛んに煙を噴かしながら、ここのところたばこの配給が止まっていたのでよけいにそう感じたのだろう。イ・ヒョングが話を促した。

「アメリカと日本はパク・ジョンイルの核で脅迫されている」

「あの男、まだ懲りないらしいな」

「アメリカの大都市と日本の東京だ。核が爆発しなくても、その噂が広まるだけで両国は決定的なダメージを受ける。それは政治・経済の全域にわたり、世界中に波及するだろう。何としてもそれを阻止したい、というのが日本とアメリカが今回共同で作戦を実行する理由だ。既に、パク・ジョンイルも国内に核が持ち込まれた事を知っている。これはアメリカがわざとリークしたんだ」

「というと」

「つまり、パク・ジョンイルが例え寝言ででも核の話をすれば、こちらもばらすぞという無言の圧力だ」

「なるほど、これで双方を手詰まりの状態にしたわけか」

「その間に本国ではしらみつぶしで探しているよ」

「で、あんたが持ち込んだというその核はどこにあるんだ」

「それはお互いに知らない方がいい。もしものことがあるからな」

「確かに。知らない方がいい」

しかし、とリョ・テクが言った。

「もし、我らが将軍様が、核持ち込みを疑ったらどうなるのだ」

「その点も考慮した。あんた方も最近、ロシアの戦術核が二個盗まれたという噂は知っているだろう。その内の一個が北朝鮮の手に落ちもう一個がアメリカに落ちたと言うことさ。ロシアもアメリカももちろん北朝鮮も否定しているが、互いでは事実だと言うことは重々分かっている」

「なるほど。用意周到ってやつか」

「それで、アメリカの最終指令は何だ・・・」

「パク・ジョンイルの抹殺だ。これはアメリカ大統領の了解事項だ。但し、アメリカの都市と東京のどこかで司令を待っている核を撤去してからだ。かなり追いつめている、と聞いている。後は時間の問題だ」

「アメリカの忍耐もこれまで、というわけか。それで、休眠中のわしらの協力がいるというわけか。パク・ジョンイルは用心深い、二日と同じ宿舎には滞在しない。必要最低限しか大衆の面前には現れない。軍部や党の要人と会談するときにも、かならず身体検査をさせる。常に銃の引き金に指をかけた護衛があたりを見渡している。それでも事故は起きる。以前、守る側の護衛がパク・ジョンイルに発砲した。弾は逸れて秘書官の胸を貫通した。発砲動機は、その若い護衛士官の許嫁をパク・ジョンイルが有無を言わさず権力を使って手込めにしたからという噂だ。当然本人は拷問の後に銃殺刑。家族も食糧事情の悪い収容所生活を強いられる事になった。それ以来、パク・ジョンイルは護衛も毎日人員を入れ替え互いに見張らせることにした。暗殺と無関係な人間でも、あやまって不審な動きと見られていきなり発砲されることもある。それで命を落とした者は多い。あんたの国ではこれは事故だが、我々の国では事故にはならない。誤って殺された男は不運にも、何かほじくり出されてその代償としての罪名がつく。だから高官も奉仕のために呼ばれている女たちでも、彼と同室のときには気が抜けないのだ」

「しかし、手が無いわけでもない、そうだろう。それを聞きたいのだ。君たちに協力してもらいたいのは、パク・ジョンイルがどこにいるかの情報だ」

「そのあと、どうするんだ」

「わたしが処理する」

「・・・見たところ、あんたもわしらとそう歳もちがいはなさそうだが」

「あんた方の言うとおりだ。わたしは確かに工作員としては歳を取りすぎている。しかし、いいこともある。長い間経験は積んできた。それに、国籍も、身内もいない。例え失敗して殺されても何も残らない。カイダ・シンイチロウ、たぶん私が死ねばこの名前で呼ばれるだろうが、日本人ではないしアメリカ人でもない。あんた方と同じく、日本をねぐらにした休眠だよ」

「何でこの仕事を開業したんだ。カネのためか」

「カネではない。カネがあったとしても日陰者には使えない。国家のためでもない。だから納得できない仕事はしない」

「では、何のためだ」

「あんた方なら分かってくれると思うが、自分が生きている証しのためだ」

「つまり、自分のためという訳か。・・・もっと奥に何かあると思うが、今は聞くまい」

「あんた方こそは何のために危険を冒すのだ。カネも使えない国の中で」

「最初に言っておくが、わしらはアメリカや日本の味方ではない。この北朝鮮の体制、なかんずくパク・ジョンイルを倒したいだけだ。そのために、日本やアメリカと協力するのだ。最初は南朝鮮(韓国)と手を組もうとしたが、どの政権も弱腰で信用できなかった。わたしらは、アメリカや日本からカネは一銭も貰っていないし貰う気もない。ただ、互いの利益のために協力できる素地がある、ということだ。そしてお互いはいままで長い間約束を守ってきた。このたばこがアメリカの国費で賄われているのであれば、これはわたしの借りとしておいてくれ」

少しずつうち解けながら3人は具体的な計画の作成に移った。しばらくして、カイダ・シンイチロウが尋ねた。

「これが発覚した場合、わたしやあんた方はいいとして、家族はどうなるんだ、無関係では済まないだろう」

「もうそのことは十分考えて手は打ってある」

「どういう手だ」

「娘夫婦に密告させるんだ。そのための証拠品も用意してある。・・・今度でわたしらも最後だと決めている。だからいずれにしても密告させるつもりだ。そのための最後の説得は残っているがな。とにかく、娘夫婦は私を当局に密告しなければ生きていけないのだ。だから親を売ってくれと言うつもりだ。それが孫たちの将来にも関わるので、イヤとは言わないはずだ」

「わしの場合も同じだ」、とリョ・テクが話を続けた。それにと一呼吸置いて、

「わたしの息子夫婦は養子なんだ。小さいときに孤児を拾って育てた。妻も私も実の息子同様に可愛がった。彼らのためにももっと住みよい国にしたいんだ」

「なるほど。長い間、父親が他国の工作員だったとは知りませんでした。つい昨日怪しい物を見つけたので当局に届け出ました。父親は昨晩から帰宅していません。何処へ出かけたのか分かりません、と言いう訳か」

「要するに、わしらの仕事は、パク・ジョンイルが何時の日に、どこの隠れ家に滞在するのか、といことを見つけることだな」

「そういうことだ。それも、少なくとも2日前にそれを知りたい」

「かなり、難題だなこれは。パク・ジョンイルはその日にならないと今晩何処に泊まるのかについて明らかにしない。とにかくやってみよう」

やっと三人の“孫の自慢話”は終わったようだ。その後、リョ・テクはイ・ヒョングにひとつ可能性がありそうだと言った。海田真一郎は二人と別れてホテルに帰った。留守の間に、彼の所持品はマッチ箱の中身まで、ある筋の人間が事細かに調べたらしい形跡があった。しかしそれは全て予定に入っていたので不審な物は何もなかったはずだ。この国では、工場建設という目的のために訪朝している民間人にもチェックは欠かさないと言うことか。

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