デッサン33
ニューヨーク・タイムズ、ワシントンポスト、それにタブロイド版の数社がアメリカ連邦裁判所の内部改装工事を実施する旨のニュースを写真入りで掲載した。とくに、老朽化が激しい地下二階の部分の工事は徹底的に行う旨国家建設局の公表であった。緊急に集められた各社の記者たちはニュースの内容からして、わざわざ緊急に記者会見するほどのことも無かろうに何で、といぶかった。要するに、連邦裁判所の建物の内部が老朽化が進んでいるので工事をするということ、ただそれだけのことに記者たちを集めて公表したのだ。その際、担当者はいつもと違うことを新聞各社に要請した。それは、記事と一緒に建物の写真も掲載してくれ、それも目立つところに、ということであった。当然、新聞各社はその理由を聞こうとしたが、担当者は木で鼻をくくるような不思議なことを言った。この件に関して、みなさんが疑問に思うことは当方でも十分承知している。しかし、これは政府の高度な意志決定機関でなされた決定で、いまはこれだけしかはなせない。是非、協力していただきたい。何かあると見た新聞各社は、一応政府発表の内容をそのまま写真入りで記事にした。その際、後日穴埋めはするという約束は当然取り付けた。翌日の新聞スタンドには各社の新聞が並んだが、新聞をひったくるようにして買い求めたアジア系の男がいた。その男がなぜその新聞を買ったかというと、たまたま四つ折りにされた新聞の正面に例の記事が掲載されていたからだ。その記事によると1週間後から工事にかかるので、明日中にもその調査にかかるとなっていた。その男はパニックになり、目の前のゴミ収集ボックスを蹴り上げ周りの通行人を驚かせた。何としても今日中に例のモノを回収しなければ。
読売新聞福岡支社社会部次長に任命され、取るものもとりあえず転任した矢崎は、毎日浮かぬ顔をして周りの同僚にいぶかわれた。矢崎は先の一件で根気も尽き果てて放心状態になっていたのだ。彼の福岡での仕事は、警察の玄関種を元にした部下の記事をチェックするという矢崎が最も苦手とするディスクワークだった。矢崎は外を飛び回ってネタを探し歩くことに生き甲斐を感じるような男なのだ。だから彼の今の立場は牢屋に入れられたも同じで、仕事に身が入らないのもそのためだった。そもそも矢崎が福岡へ遠島を仰せつかったのも、彼が、朝日の大家と共に根室港でロシア船籍の漁船とロシアで紛失したとされる戦術核との関連をつつきだしたことによる。事件の発覚をおそれた日本政府は、読売新聞社の上層部に政府高官が直々に出向きある内容の要求をした。事の重大さに読売の上層部も政府の要求を飲まざるを得なかった。その結果矢崎は体の良い突然の「昇進」として福岡支社に遠島島流しとなったのだ。矢崎はその事情を知りすぎているので敢えて反論はしなかったが自分の中では忸怩たる思いだった。家族とも別れてひとり身で福岡に降りた矢崎は、新聞社の独身寮に陣取り、毎夜深酒を煽った。ひとり酒を飲みながら反復する思いは、しかし、俺に何が出来るというんだ。もしあの件を深追いして政府を追及すれば道新の檜山の後を追うことは火を見るよりも明らかだった。それは朝日の大家とて同じだろう。日本政府が新聞記者のひとりやふたりの命を省みないでひた隠しにしていることは、あるいはブン屋の俺たちが関わらない方が良いのかも知れない。しかし、おれは知りたい。何がどうなっているのか。しかも、最近政府の北朝鮮に対する常識を越えた唐突とも思える援助には何か裏があると考えるのが筋だ。ロシアの戦術核紛失と根室港での船長死亡と北朝鮮への突然の食糧援助には関係がある。これが矢崎の信念とも思える推測だった。では、それがどう繋がっているのか。明くる朝、二日酔いでガンガンする頭をいたわりながら出社した矢崎の元に電話があった。
「俺だ。名前は言うな。すぐ電話をくれ」、それで電話は切れた。
誰からの電話か、矢崎にはすぐ分かった。社の電話も独身寮の電話も矢崎の携帯電話も盗聴されていると思うようになって「公式」な電話以外一切使っていない。矢崎は行きつけの飲み屋の電話から、東京の以前ブン屋の溜まり場として使っていた飲み屋の二階へ電話した。相手は朝日の大家だった。電話口に出た大家は興奮気味に早口でまくし立てた。
「やっぱり俺たちが推測していたとおりだ。ロシアの戦術核はナホトカのカニ漁の漁船の船長の手によって根室港に持ち込まれた。それを受け取ったのは誰だと思う。・・・北朝鮮系の貿易会社「朝・日友好貿易」の責任者ジュ・デジュンという女だ。その女は今高輪のプリンスホテルに男と投宿している」
「その女が核爆弾をもっているのか」
「それは不明だが、在処を知っているのかも知れない。ロシア船の船長が「事故」に合った時期にはこのジュ・デジュンも根室に行っている。それに、急に日本政府が気前のいい援助を北朝鮮に表明したことを不思議に思っていたが、これらの3件を繋いで考えられることは、北朝鮮は核爆弾で日本政府を脅迫し援助物資をむしり取ったということだ。さらに、その後新潟港に寄港した北朝鮮籍貨客船に日本政府は50億ドルという途方もない金を渡したという情報だ。これは表沙汰にはなっていないがこの受け渡しに関わった関係者が悔し紛れに朝日の首相官邸に張り込んでいる記者にオフレコで話したらしい。その担当者は義憤に震えていたそうだ。かれは日本政府がパク・ジョンイルに脅迫されていることを知らないのだ」
「つまり、こういう事だな。パク・ジョンイルはロシアの核を東京のど真ん中に隠し置いて、日本政府に金品をむしり取ることを実行に移した。そしてそれは今回のように一度では終わらない。これから何年にも渡って続くと考えられる」
「そういうことだ。既に政府には2回目の要求が来ているらしい。政府は難色を示しているようだが最後には折れるだろう。というのが、核爆弾が爆発しなくとも、この情報をリークするだけで日本中はひっくり返るくらいの騒ぎになり、社会生活も経済も大打撃を受けるだろう。当然、時の内閣もこの騒ぎに耐えなくて総辞職ということになる。その上で公式には北朝鮮はこの情報を否定する。卑劣なやり方だがアマちゃんの日本政府にはうってつけの方法だろうよ。おまけに、韓国政府は妙に冷静にしている。彼らにとっては日本がこのことで地盤沈下することは願ってもないことで、陰では拍手喝采していることだろう。これがうまくいけば今度は自分たちが餌食になると言うことを理解していないんだ。同民族だから無理もないことだが、かれらはパク・ジョンイルを甘く見すぎているよ。彼らは韓国もやがて北朝鮮に飲み込まれると言うことを知らないのだ。・・ここまでは話すまでもない事だが、これからが本題だ」
「まだ何かあるのか」
「最近アメリカの大使館と内閣官房副長官の篠崎百合子との間に頻繁に行き来がある」
「事の次第をアメリカに打ち明けて協力を仰ごうと言うことではないのか」
「いや、それ以上だ。あんたも二年ほど前に、パキスタンのミサイル用の戦略核が行方不明になったということを覚えているか」
「ああ、当時大変な騒ぎになり、アメリカが独自の査察班を送りこもうとして騒動が起き、結局国連のIAEAが調査に乗り出した事件だな。あの戦略核も最終的に北朝鮮の手に落ちたらしい」
「その核をパク・ジョンイルは何に使おうとしたんだ」
「それを既に使ったらしい。相手はアメリカだ」
「パク・ジョンイルは正気か。これが表沙汰になったらアメリカは北朝鮮を核攻撃するぞ」
「現実には、そうはならなかった。パク・ジョンイルはアメリカの大都市の都市名は明らかにしなかったが、その都市の深部に一〇〇キロトンの核爆弾を既に設置してしまったのだ。そして、しかる後にパク・ジョンイルはアメリカ政府に戦略核の写真と共にメッセージを送ってよこした。北朝鮮に手出しはするな、と」
「パク・ジョンイルはなぜこんな無謀な賭に出たのだ」
「それは彼の国内問題が原因だ。あんたも知っているとおり、ここ二〇年来、北朝鮮の経済は披瀝し、国民の二割は餓死したとも言われている。今も経済は毎年一五パーセントから二〇パーセントの勢いで下降線を辿っており、彼の威信も国の経済同様低下の一途を辿っている。その状況の中で彼が最も恐れるのが、軍部のクーデターだ。高級将官は特別待遇で支持を取り付けているが、下級将校や一般兵士に至ってはほとんどが地方の農民出身だ。その彼らの家族が生計を立てる農業が、肥料やエネルギーが不足しているにも関わらず食糧増産命令でむやみに田畑を開墾した結果、自然災害に弱い体質になった。昔は山林が雨水を留め適度の農業環境を保っていたが、今ではどの山々も地肌が露出して、自然の風雨に対して抵抗力がない。雨水に対して吸収する山林を持たない農地は、一度の大雨で植えた苗を濁流に押し流され秋の実りは期待できない状況だ。今は偉大な領主パク・ジョンイル将軍も、いつまで奉られるかその将軍様がいちばん危機感を持っているというわけだ。軍あってのリー・ジョンイルだ。いくら高級将校を手なづけても、その何百倍の下級将校や末端の兵士の反乱に火がつけば一夜のうちに彼は処刑台へと歩まされることは当然の成り行きだ」
「パク・ジョンイルは何としてもそれは避けたい。核開発もその線から考えるとよく理解できる。彼にとっては、原子力発電も核ミサイルも外に向かっての武器ではないのだ。むしろ内に向かっての威嚇と地位安定策と考えた方がいい。ミサイルも核も、その目的のためのため手段に過ぎず、海外を脅しゆすっての援助強奪が目的と考えた方がいい」
「そして今度は日本から、経済援助といえば聞こえはいいが、その内実は日本政府を核で脅迫して物資や金をむしり取ろうという算段だな。それも何年にも渡って」
「そういうことだ。日本としては歯がゆい現状だがどうしようもない。そこにアメリカからの誘いがきた。共同でパク・ジョンイルを始末しようという計画だ」
「どうやってそれを知り得たんだ、あんたは」
「ある高級官僚のオフレコ条件の話だ。だから、あんたもその点留意してくれよ」
「わかった。それで、どうやってパク・ジョンイルに対抗するのだ」
「まず、何としても国内に持ち込まれた核を始末しなければならないだろう」
「その通りだ。つい最近になって日本の内閣調査室と警察は隠されている位置をほぼ確定したらしい」
「どうやって探し当てたんだ」
「ロシアの協力だ。もし、この核が実際に東京で爆発でもしようものなら、ロシアもただでは済むまい。ロシアも必死なのだ。だから今まで極秘にされていた軍の偵察衛星の能力もオープンにして、フルに使い、遂にその在処を特定したらしい」
「では、すぐに撤去にかかるのか」
「いや、まだだ。アメリカの都市に隠されているパキスタン製の戦略核も見つけ出して、同時に撤去するらしい」
「それはなぜだ」
「パク・ジョンイルが日本政府に最近寄越したメモには、日本とアメリカが共同でこの件に当たっていることを知っている節がある。それで、どちらかの核を発見して撤去したら、もう一つの核を爆発させることを示唆し日米を牽制してきた。暗殺者を北朝鮮に送り込んだらしいが、自分にもしもの事があれば核を使うという脅しも含まれていた。日米は、公式にはそのような者を北朝鮮国内に送り込んだ事実はないと突っぱねたが、実のところパク・ジョンイルが恐れているように何者かが北朝鮮のしかもパク・ジョンイルの間近に潜んでいるらしい。アメリカも、今度という今度は国家安全保障上からも彼を抹殺するつもりだ。それによる海外からの批判も甘んじて受ける覚悟だ」
「ジュリア・ジョーンズ大統領も忍耐の限度に達した訳か。北朝鮮内の党や軍部の動きはどうなのだ」
「それが何とも不思議なことに、両方とも動きがない。ということは、ラングーン事件と同じように、これはパク・ジョンイルとその一部の取り巻き連中のしでかしたことか」
「その線も考えられる。あの時もパク・ジョンイルは失敗して朴日成より厳罰を受け再起不能と言われていたが、側近だけ粛正され自分は生き残った男だ。まだ懲りないらしい」
「かれはこの核騒動で下手をすると自分の国民の上にアメリカの核ミサイルが飛んでくることを念頭に入れたのだろうか」
「たぶん、パク・ジョンイルにとって、そんなことはどうでも良いのではないか。ただ、自分が安泰であれば国民の半分が核爆弾の高熱に焼かれようが飢えて死のうが一向にかまわない。北朝鮮の幹部連中もどれもこれも御身の安泰だけが大事というわけだ。日本もこの件に対しては切り札を使ったらしい。最近北朝鮮で中国民族舞踊の公演に随行した筋の話として北京で広まった噂によると、舞踊会の当日、朴日成広場で爆発事件があったそうだ。その車というのが、隊列から見て中央の車に乗っていたのは舞踊会観劇の帰途にあったパク・ジョンイルの可能性が大ということだ」
「誰かがパク・ジョンイルを狙ったのか」
「その噂によると、爆発物は手製の爆弾らしく全く車には損傷を与えなかったということと、2度あったらしくいずれも犯人は老人とのことだ。警備班の過剰反応で付近にいた修学旅行の生徒を中心に多大な死傷者が出たらしい。もちろん、ラジオ・テレビ・新聞には何の報道もなかった」
「大家、あんたはこんなこと聞き込んで大丈夫か」
「先日、部長から二度目の忠告を受けたよ」
「で、上司はなんと言ったのだ」
「要するに、一新聞記者や一新聞社の範疇を超える出来事が今進行している。お前がそれに関わる情報を得ること自体は何ら問題ではないが、調査で知り得た情報を公にすることになれば危険が伴うぞとはっきり言われたよ。上層部にはかなり詳細に情報を伝えてあるらしい。たぶん、日本政府は全ての新聞とテレビに口封じを命じたと考えるのが妥当だろう。インターネットの方も幾つか調べてみたが何もない。彼らは、平時は勇ましいことを言うがイザというときには大人しくなるものさ」
「大家、俺の娘の誕生日がまもなくだ。それにかこつけて東京帰る。その時にまた連絡するよ。大家、気をつけろよ。あまりやりすぎると道新の檜山の後を追うことになるぞ」
「そういうあんたはどうなんだい。福岡でおとなしくしている輩とも思えないぜ」
デッサン34
ニューヨーク・マンハッタン島のロウア・マンハッタンUSコート・ハウス連邦裁判所の裏側は妙に静まりかえっていた。男が用意していた侵入のためのダイヤモンドカッターは的確に地下の窓ガラスを削っている。幸いなことにこの建物は地下の外壁と道路の間に2メートルの隙間があり、外から特に今晩のように闇夜には見通しがきかないだろう。ただ、注意しなければならないのは、全ての地下と地上1階の窓ガラスにはセンサーがついていてガラスが割れようものならけたたましい警報が鳴り出すはずだ。幸い、窓ガラスの面積は大きい。これなら一部に穴を開けてもセンサーにふれることはないだろう。二〇分もすると厚さ7ミリのガラスにぽっかり四〇センチの穴が開いた。ここまではうまくいった。次に体をよじ曲げガラスにふれないように内部に侵入して体を支えてくれるものを見つけなければならない。探したが何もない。このまま床に落ちることは構わないがガラスにふれて割れるかも知れない。そうなったら万事休すだ。男は一か八かこの7ミリのガラスに体を預けることにした。七〇キロの重みをガラスに少しづつ乗せながら片手だけでガラスの断面を掴み最後に静かに床に飛び降りた。7ミリのガラスは重みに耐えセンサーは作動しなかった。男は油汗をかきながらしばらくその場にうずくまった。あとはあの円筒をどこに移すかだ。新聞記事によると工事は地下部分が主だ。今度は思い切って最上階へ持って行こう。守衛は2時間ごとに館内を回るはずだ。作業には十分すぎるほどの時間だ。
男は呼吸の乱れを取り戻し、地下二階の円筒形の置物目指して近づいていった。夜間だから当然ではあるがいやに静かだ。自分の小さな足音だけが聞こえるだけで物音と言えば、空調の風の音だけだ。時折、ボイラーの点火音がかすかに聞こえてくる。用心しながら地下二階へ通じる階段を降りていった。辺りは静まりかえっており問題はなさそうだ。果たして通路の奥の窪みの位置に埃をかぶって物はあった。ホッとした男は塵と蜘蛛の巣を取り払い、手をかけた。その時男の顔から血の気が引いた。やけに軽いのだ。自分が置いた物は一二〇キロ以上あったはずだがこの円筒はたかだか三〇ロもない。目の前が真っ暗になり油汗がしたたり落ちた。誰かが発見して中身を移したらしい。その時、背後の小さな物音に気づいて後ろを振り返った瞬間、一斉に明かりが点灯され多数の銃口が目に飛び込んできた。男は自分の最後を悟り、日頃から訓練されていた奥歯の内容物をかみ砕こうとして顎に力を入れようとした瞬間、サイレンサーが空気の抜けるチューブのような音を出して男の右肩を貫通した。その後のことは激しい痛みとともに記憶が薄れていって覚えていなかった。指揮を執ったジュディ・マクガイアは部下に厳命した。
「この男を絶対に生かしてちょうだい。聞き出すくことが山ほどあるからね」
通常ならばこの男は厳重な監視の下に入院を許されある程度治癒してから尋問という流れになるが、時は急を要していた。男を診た医師の診察では弾は貫通していて命に別状はないとのことだったが、もし、あと1秒でも遅れていたら男の奥歯に仕込まれたサリン系の毒物によって即死していただろうと言うことも分かった。ということはますます生かしておいて聞き出す必要がありそうだ。やがて男に意識が戻り、質問に答えられる程度に回復した。すばやく男は口の中を舌であせくり毒薬を探したがそれも取り払われていることを悟り、観念したようだった。例によって、「正常な状態」で尋問がはじめられた。男は観念したように見えたが油断は禁物。その後、自白剤を打たれ証言のすり合わせがなされるはずだ。
どうやってパキスタン製のミサイル核弾頭をアメリカ国内に持ち込んだのか、そこから尋問は始まった。
その前に、この戦略核はミサイル専用であり、高空から他国に撃ち込み、ある一定の高度で爆発するように設計されているので、地上でタイマーにより爆発させるように変更がなされていた。それは北朝鮮本国の核関連の技術者がやったようだ。その後、海路韓国に運ばれ、韓国在住の北朝鮮のダミー貿易会社を通じてサムスン電気のテレビやデッキとともにコンテナでロスの港に着き、多額の賄賂と共に陸揚げされ、陸路ニューヨークへという経路だった。これくらいのことは北朝鮮にとって朝飯前のことなのだ。ところが、韓国政府は計画の内容までは掴んでいなかったが、北朝鮮が何かをたくらみアメリカに極秘に物資を送ろうとしていることは掴んでいた。しかし、太陽政策と称した最近の良好な北朝鮮との関係を壊したくないばかりに見て見ぬふりをしたのだ。大型コンテナはコンテナ用クレーンで持ち上げて船に積み込まれるが、港に設置されているクレーンは移動と同時に重さも瞬時に量ることが出来る。税関は、何十個もの同じコンテナーとインボイスを点検した結果、一個だけ約120キロ重いコンテナがあることを発見した。報告を受けた釜山港の税関と警察は即座に開封を命じ、中に得体の知れないものが搬入されていることを発見していた。しかも、北朝鮮のダミー会社が、サムスンの家族もちの輸出担当者を、女性を餌にして脅し、荷物を滑り込ませることに成功したということも警察は掴んだ。韓国政府もそれがまさか核爆弾だとは思っていなかったらしい。彼らが予想したのはヘロインということだった。これは北朝鮮ではよくあることで、純度の高いヘロインを国営の医薬品工場で製造して他国に闇で売りさばいていることは国際間では常識だった。韓国政府はこれくらいのことで北朝鮮の心象を悪くしたくなかったのでそのまままた封をして送りだした、というわけだ。外貨が慢性的に不足している北朝鮮では、なりふり構わず、ヘロインから偽ドルそれにミサイル関連技術に至るまで金になることならば何でもやる国家なのだ。驚くことに外交官がそれに関わり、時々偽ドルを外交官特権の郵袋に忍ばせて国外に持ち出すこともある。アメリカはこれを機に韓国に厳重な検査を要求したのは言うまでもないが、もうひとつ、表沙汰にはならなかったが、これを機にアメリカは韓国に見切りを付けた。その結果はいすれ韓国駐留の国連兵の部分撤収という形で表面化するだろう。
リー・ジョンイルとの連絡は、北朝鮮の工作員で国連の二等書記官になりすましているパク・ミンスクが中継してこの男に伝えられるが、パク・ミンスクは情報の内容は理解できないことになっているらしい。パク・ジョンイルからこの男に命じられていたことは、安全で意外な場所に核を設置し、常に目立たない生活をするようにということだった。この男はアメリカに潜入して既に8年を経過していた。普段は、ニューヨークの5番街の路地裏にある韓国人の経営する果物店で時間給の店員をして生計を立てていた。住居もアフリカ系アメリカ人が多く住むダウンタウンの雑居ビルの安アパートの一室に僅かばかりの家具と共に寝起きしていた。こういった冬眠している北朝鮮の工作員はアメリカ国内に数人いるはずだが、互いが互いを知らない仕組みになっていた。この男はパク・ジョンイルを心酔しているらしく、話の端はしに「偉大な領主」という称号が出てくるが、尋問が具体的になると、口をつぐんだ。しかし、FBIの尋問専門の捜査官の方が一枚上手だった。まず、この男の置かれている立場を誤解のありようがないほどに説明した。我々の国家では、お前の国と違って、尋問も紳士的に法律に従って行うのが普通であるが、例外がひとつある。それは国家存亡の危機にあるときには、いかなる手段も許される、とある。捜査官は特に「いかなる」と言うことに力を入れた。そして、何を思ったのか捜査官は、人間の人体の話をしだした。
「お前は今負傷しているが後一週間も経てば完全に回復するだろう。しかし、われわれはそれまで待つつもりはない。人間の苦痛はある時点まで行けば、体の防御機能が作動して意識を失い、それ以後の苦痛に対して反応しない。つまり、拷問してもある限度を超えれば拷問にならないというわけだ。しかしだな、脳髄の中のある部分を切断するとどうなると思う。意識を失うことが出来なくなるんだ。どんなに苦しくともその苦しみを共にしなければならない。ちょうど2年ほど前に一例だけこれを経験した男がいるのでそのビデオをお前にも見て貰いたい」と言ってスイッチを入れた。
そこには無惨にも激痛に体をよじりながら苦しむ男の肢体が記録されていた。この男は、と言ってまた捜査官が茶々を入れた。
「この男には常時注射により栄養剤を体内に注入し続けたので、二五日間も生き続けた。激痛の中で、だ」
そして、捜査官はこういった
「この拷問されている男よりお前の関わった事件は重い。お前にはもっと長生きしてわれわれの拷問に耐えてもらわないとな」
その間も大型ディスプレイには激しい痛みに体をよじらせて苦しみわめく映像が流れた。そして、こう捜査官は言った。
「いまから、これと同じ事をわれわれはお前に実行する。お前はここから逃れる手段はない。だがひとつ、チャンスをやろう。もし、おまえが全てを話すならば、しかる後に安らかに死なせてやろう。これはお前の問題だから、お前が選べ。でなければ、お前は若いからきっと生存記録を更新するだろうよ」
しばらくの沈黙の後、この工作員は早く楽になる道を選んだ。
政府内では大山一郎首相を中心に居並ぶ閣僚と補佐役の高級官僚との間に激論が戦わされていた。一秒でも早く、なるべく多くの国民にこのことを知らすべきだ、といかにも正論を吐く法務大臣。いやちょっと待ってください、このショッキングな内容を発表すれば国内がパニックに陥り、被害はもっと大きくなる可能性があります、という統計局長。この責任は誰が取るんだ、と場違い発言をする厚生大臣。30歳以下の将来を担う人々を優先的に移動させてはどうかと提案する文部事務次官。それをどうやって選別するんだ、未来小説と違うんだぞ言いだす経済企画庁長官。けんけんごうごうの中それまで黙って聞いていた大山一郎首相が口を開いた。自分の真正面に座っている防衛庁長官の補佐役田中寛一二等陸佐に問いただした。
「可能ですか」
「・・・不可能です」
「何か手は・・・」
「ありません。いちばん被害を少なくするには。このまま静かに」
大山一郎首相はこっくりと肯いた。周りの大臣と高級官僚たちはこの禅問答のようなやりとりを聞いていたが、また誰かがテーブルを叩きながら大声でがなりだした。どうすりゃいいのか、その責任にある諸官庁は提案すべきだ。老練で鳴る群馬県選出の首相経験者が立った。
「もし東京駅の地下ホームで三〇キロトンの水爆が爆発すればどうなるんだ」
「幸い、地下五〇メートルのところにあります。仮に三〇キロトンの核爆弾が地下ホームで爆発した場合、爆風のほとんどは地下にせき止められそのエネルギーは上に向かって吹き上がります。その瞬間駅近辺の地下道や地下街が全滅。地上に直径八〇〇メートルの穴を開け、上がった爆風は五〇〇〇メートルまで上がるでしょう。その粉塵を含んだ爆風が時間をかけて落下してきます。風向きにもよりますが致死量の微粒子が降りかかるのは半径四,五キロ。そのあと将来生命に関わるほど健康を害すると考えられる範囲は二〇キロに及ぶでしょう。ロシアのチェルノブイリ原子力発電所の事故の経過から見て、被害はもっと広がる可能性があります」
「では、都民の被害を最小限に押さえるには・・・」
「まず、駅周辺の住民を移す、これは可能かも知れません」
「半径どのくらいの住民だ」
「残された時間と人手から考えてせいぜい3キロの範囲でしょう」
「簡単に言うなあ。その3キロの範囲に何万人住んでいるのか分かっているのか。それに住民は理由もなしに動いてはくれないぞ」、と先ほどの厚生大臣。
それを制して大山一郎首相が、
「よし、わかった。今から三時間以内に対策案を作れ。今からわたしの権限を君に委譲する。各大臣に告げる。いまからこの田中寛一二等陸佐が最高責任者だ。全員彼の指示に従ってもらいたい」
「マスコミにはどう話します」、と官房副長官篠崎百合子が問うた。
「四時間後に記者会見を開くと伝えてくれ」、その後少し考えて、
「その時には各マスコミは責任ある立場の人間を同行すること。それに、これは極秘だ」、という条件を付けてくれ。
閣僚たちはひとまず自分の事務所に引き揚げていったが、篠崎百合子と田中寛一二等陸佐は互いに値踏みするかのように向かい合っていた。
「わたしは爆弾を何とか止めることに集中します。うまくいけばあなたの作戦が杞憂に終わるのですが、そうならなかった場合後はよろしく」
「あなたは爆弾処理に同行するのですか」
「そのつもりです」
二人の実務者は互いに見合った。年のころは同じだろうか、畑は違うが共に上昇志向の強い人間であるところは見て取れた。しかし、上に立とうとする人間はこういう時にこそその真価が試される。この田中寛一にはそれだけの仕事を背負うだけの能力も覚悟もあると篠崎は見た。あの大臣たちのように難事に右往左往しないところに好感が持てた。篠崎百合子は不謹慎にもこの男とならとことん飲んで後の介抱を頼んでも悪くはないと考えている自分に気づき、少し頬を赤くしたが誰も気づかなかったようだ。
「マスコミにはどう切り込むべきでしょう」
「自分はいつかこういう事が起こるのではないかと危惧していたので、いくつかの手は考えてあります。まず、国民を完全に騙さなければならない。少しでも疑いをもたれたら計画は失敗する。そして、緊急性とともに政府の指示通りに行動すれば安全が補償されるという確信を持たせる必要がある。この二つが満たされたらかなり成功に近づく」
「どういう嘘をつくんです。今度のケースでは、範囲を絞る必要があります。半径3キロの内に危険物が隠されているが、それがどこなのか不明のために、念のために3キロの範囲の全員を待避させる、とます発表する。その上で、その危険物の内容とその及ぼす危険度を説明する。そして後は政府の指示通りに動いてくれ、その結果の責任は全て政府が負うと。簡単にいってしまえばこんなものです。実際はもっと複雑な表現になりますが」
「で、その危険物とは、まさか核爆弾だとは」
「それでは影響力が強すぎます。今回は過激派による細菌爆弾がこの範囲の何処かに隠されているのでそれを探査し回収する。もしこの細菌爆弾が炸裂した場合は半径一〇〇メートル以内の人間は即死する、とするつもりです。被害を限定して他の住民に不安を与えないことですね」
「しかし、実際に核が爆発すれば被害は桁違いに大きい」
「そうです。そこでマスコミを使って念のために時間限定で外に出ないように訴えるのが半径5キロの住民です。それが難しい。弱く言えば効果がないし、あまり恐怖を与えると何か政府は隠しているのではないかと疑われる」
「なるほど、難しい局面だが後4時間後に自分が発表することになるのだと篠崎百合子は少し緊張した」
田中寛一が笑いながら言った。
「もし、この計画が成功したら、もちろん爆弾を止めるという段階ですが、いっぱいお付き合いを願いますかな」
「喜んで」と瞬時に反応する自分にも驚きテレながら篠崎百合子は、どんな難事にも余裕を伺わせる田中寛一に好感以上のものをもった。先ほどの篠崎百合子の瞬間的な表情は、この田中寛一二等陸佐に読まれていたのだった。もし、自分たちが失敗してもこの男の計画ならうまくいくかも知れないと篠崎百合子はそう思った。
高輪のプリンスホテルの最上階にあるスイートルームがノックされた。ジュ・デジュンはさっき注文しておいたルームサービスだろうと思い、後も振り向かずにドアーを開いて、テラスにおいてちょうだいと言った。
しばらくの間があって、相手はおもむろに言った。わたしはウエイターではない。
ちょうどバスルームから出てきた「朝・日友好貿易」の若い男は目の前の展開を見て唖然とした。ジュ・デジュンの話ではこんな事にはならないはずだった。警察も内閣調査室もわたしたちには手が出せないはずよ。なにしろ奴らの首根っこに核爆弾を突きつけているのだから、と昨夜の寝物語で聞かされたばかりだった。日本政府は、わが領主パク・ジョンイル総書記の言うがままに食料もエネルギーも金も要求されたものを断れないはずだった。わたしたちがこの東京でどれだけ金を使おうと日本政府がやがて支払ってくれるはずだ。だから楽しく故国では考えられないような優雅な時間を二人で過ごしましょう、と女は言って二度目の交わりの主導権をとったのだった。彼もこの夢のような世界に自分が招かれたことを喜んだが、果たしてそんなにうまくいくものかと心のどこかに引っかかるものがあった。そして彼の不安は現実のものになったようだ。彼の前で、スイートルームの入り口を占拠するように並んでいる男たちは、明らかに日本の警察か内閣調査室の査察官だと推測された。ジュ・デジュンは最後のあがきを展開した。
「わたしを誰だと思っているの。朝鮮人民共和国の偉大な領主パク・ジョンイル総書記直属の部下なのよ。わたしにもしもの事があれば国際問題になることを覚悟する事ね」、と一気にまくしだてたが相手はそれに動じなかった。
「それに総書記の通告はお前たちの無能な総理宛に届いているはずだけど。もし、わたしに危害を加えれば、東京は核の火で焼き尽くされることをよく覚えておく事ね」
それに対しても訪れた男たちは相手にせず逆にこう通告した
「ジュ・デジュンとその部下で愛人のリ・スンユだな。内閣調査室まで同行願おう。もし、お前たちが拒否すれば実力をもって連行する。この意味は分かっているな」、と冷静に対応して、続けてこういった。
「核爆弾は我々の手で撤去した。もうお前たちの脅しに乗る必要はない」
「嘘よ。みつかりっこないはずよ。それに、見つけたとしても撤去しようとすれば位置センサーが働いて五〇メートルも動かさないうちに核爆発する。それを解除しようとしても誰もあのパズルは解けないはずよ」
男たちはジュ・デジュンの話を聞いていないかのように、
「では、内閣調査室へご同行願おう。そこでお前がみつかりっこないと言った、また、一度セットされたものは移動できないと言ったロシア製K型戦術核を見せてやろうじゃないか。おい、そこの色男。はやく服を着替えてこい。その姿ではかっこ悪いだろう」、
と別の捜査官がうすわらいを込めていった。もちろん、着替えの間も二人の捜査員が片時も離れなかった。ジュ・デジュンも着替えるから部屋を出るように抗議したが、それは許されなかった。着替えるのなら我々の前でやってもらいたいがそうもいかないだろうと言って、ひとりだけ捜査に加わっていた婦人警官に見張らせることにした。
「ただし、おかしな動きがあったら即座に射殺することの許可は得ている。それに、ここにいる女性捜査官は射撃の名手だ。至近距離からなら、百円玉を打ち抜くことが出来る。おとなしくすることだな」
諦めてなるものか、ジュ・テジュンは最後まで戦ってこの腐りきった資本主義のブタどもを血祭りに上げてやる、そう信念を強くしてチャンスを待つことにした。
特別取調室に直行した捜査班は、別々に取り調べることにした。リ。スンユは捜査員が部屋へなだれ込んだときから諦めきっていたようだ。彼の心配事は、これから自分はどうなるのか、銃殺刑になるのかと係官に取りすがった。この男は小物だとみた捜査官は飴と鞭を使い分けることにした。お前がすべてを白状すれば命だけは助けてやろう。そして時期が来たら第三国へ逃がしてやってもよい。しかし、そうでなければお前の国でも同じだろうが銃殺刑は免れないだろうな。もう自白することはその目が語っていた。
それに引き替えて、ジュ。デジュンはしぶとかった。
「お前たちはわたしに対しては何も出来ないはずだ。日本の刑法は、尋問に拷問は禁止されている。それに死刑にするにも最高裁まで持って行くには一〇年はかかる。その内にわが偉大な領主、パク・ジョンイル総書記が私たちを救い出してくださる。わたしは何も話さない。お前たちブルジョワの手先には何も話さない。それに」、と言って二〇人はいる捜査班と関係者を前に大演説を打つつもりらしいが、それを手で制して東条が静かに尋問しだした。
「おまえはジュ・デジュンか」
それにも無言であった。
「それではわたしの方から伝えることにしよう。確かに、お前が言うように、日本国は法治国家だ。お前たちの国と違って尋問に対して拷問はおろか暴力は法律で禁止されている。しかしだなあ、ここで誤解の無いように伝えたいことがある。現在日本国内にはジュ・デジュンという名前の女も、リ・スンユという名前の男も存在していないのだ。従って存在してもいない人間を拷問にかけることは、法律が拷問を許したとしても出来ない相談だ。お前は日本国内に存在しないのだ。つまり、お前をどうしようと問題にはならない。それに、この場所は地図にも載っていない特別な建物でな、この建物の地下には大型の下水口が繋がっていて、お負けにどんなものも粉々に粉砕して跡形もなく掃除してくれる粉砕器とボイラーがある。言っている意味は分かるな。もし、お前が我々の質問に答えてくれたら、穏やかな死を迎えさせてそれを見届けたら焼却炉で丁寧に焼いて、最後は下水口から太平洋へ戻してやろう。そうすれば巡り巡ってお前の故国にも灰の一部が流れ着くかもな。しかし、そうでなければお前の国がいつもやっている方法でしゃべって貰う。ついでに知らせておくが、アメリカの工作員と核爆弾は撤去された」
それを聞いて、始めてジュ・デジュンは反応した。しかし返ってきた言葉は、
「嘘よ」、だった。
「そう言うだろうと思って証拠も取り寄せておいた」
と言って核爆弾の分解された写真と、例の尋問の現場の生々しい映像を披露した。FBIは工作員に穏やかな死を迎えさせる前に、少しお負けをしたらしい。少々約束は違ったがこれも致し方ないか。同僚の激痛に身をよじらせる画像を見て流石のジュ・デジュンも顔色が変わった。東条が続けた。
「われわれはこういう尋問はしたくないが、今回は特別だ。日本国を脅迫し三〇万人もの国民の殺害計画に加担したんだからな。この件に関してわたしは日本政府からすべての権限を与えられている。おとなしく話した方がお前のためだ。少なくとも穏やかに死を迎えられることを約束しよう」
しばらくしてジュ・デジュンは語り出した。しかしその視線の意味するところはそうではなかった。